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  • azaminoone

新シリーズブログ: シン・「私の履歴書」2 徒弟

銀行員時代②


「幹部候補生」、そう言えるのでしょうか。確かに、総合職ではありました。が・・・


前回述べた、前年から始まっていた「新入行員全員融資課配属方針」。その運用は、しかし、支店によって様々であったようです。私の配属された支店では、最初の1年間は営業課(預金部門)、後半の1年間は融資課、でした。まず、「元方(もとかた)」です。「資金元方」というのが正式名ですが、要するに支店全体の現金の出納と、合計照査の仕事です。グローリー社の原始的な札勘(さつかん)機と硬貨勘定機こそあったものの、とにもかくにも札勘(定)です。朝から晩まで、ひたすら紙幣をタテ読み(紙面を確かめながら数えるので、「勘定」でなく、「読み」と言います)→ヨコ読み(扇子のように開く、アレ)してゆき、次々と封紙(ふうし)で止め、百枚と50枚の束を作ってゆきます。指導員はこの道の超ベテランのKさんで、チョッキに蝶タイという、イキな(?)いで立ちの有名人でした。マジシャンのような、機関銃のようなスピードの札勘は名人芸で、途中、角が折れたものがあれば素早く直し、また異種紙幣があれば抜いて、そのまま勘定を続ける、というワザを何度も見ました。


続いて「ワンテ」。ワンライン・ラーの略で、窓口で受けた現金を「後方」員に回して数えさせ、これをテラー(窓口員)が受取って処理するという従来方式と異なり、テラー(窓口員)が自身限りで現金勘定とオンライン記帳を完結するので、この名称となりました。前年に高校を出たばかりの女子行員が指導員となって、教えてくれます。次いで「公金」。税金や社会保険料、公共料金等の収納をやる窓口です。まだまだ現金扱いが大半の時代。かつ円単位の細かな金額で硬貨が多いので、違算し易く、緊張する仕事です。これら通算で、約1年間に2度ほど違算を起こし、店内総出で精査してもらうこととなりました。これを「コベる」(個別に当た)といい、伝票一枚一枚と現金出納、帳尻を比較検討し、間違いの部分を割り出す作業です。店内に2~3人、これの「名人」がいて、ケタチ(桁違い)は9の倍数、などと、あっという間に割り出してしまうのには舌を巻きました。最後、菓子折りを持たされてお客様のところにお詫びに行きます。こうした一方で、機械化も急速に進んでおり、後半には自動札勘機、次いで自動硬貨勘定機も全窓口に配備されました。


ちなみにこの支店、郊外店としては老舗で、最近では、のほほーんとした女性二人の漫才コンビの名で有名になった、商店街の駅前にあります。横丁は飲み屋のオンパレードで、そのほとんどに、当時ブームになりつつあったカラオケ装置がありました。なかなか、まっすぐ帰宅しずらい街です。駅の反対側には都銀の競合他行支店があって、「他行見学」と称し、客のふりをして500円で新規預金口座を作ってくる、という「仕事」を与えられたこともありました。何と、窓口員はカウンターから見ると横を向いて座っており、札をムニムニムニ・・・とシゴイてヨコ開きします。バサッバサッと景気よく(!?)広げる自分たちの流儀とはまるで違っていて、驚きました。


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