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  • azaminoone

「私の履歴書」6 公文書

最終更新: 2020年10月15日

外交官時代③


うまくいかない。あれだけきめ細かく、具体的に各員のやるべきことを明記したのに・・・

アラブ世界の手荒い洗礼を受け、反省の日々でしたが、ところで、何をどう反省すればよいのか・・・ それが、問題でした。日常業務に戻り、人々を観察しました。アラブに精通された方々のご批判を、甘んじて受ける覚悟で、ここからは書きます。


銀行としては、オイルマネーを目当てに、「アラビスト(アラブ世界に精通した人材)」を育成、という趣旨での出向辞令でした。しかし、アラビア語は全くできず、英語がほぼ通用する地で、英語で業務をこなせました。毎朝、当地発行の英字紙に丁寧に目を通し、当地政府宛てや新聞社宛ての公文・投稿を作成します。英語で起案すると、秘書につけてくれたスーダン人の男性(Bさん)が、公文調に添削し、アラビア語訳もしてくれます。Bさんは、おそらくネイティヴの教育を受けたことがないと思います。発音は無茶苦茶でしたが、極めて格調の高い、正確な英語を書きました。この方は、たとえていえば、江戸・明治期の漢学者のようなもので、ネイティヴ発音とは乖離しても、博覧強記で教養を積み上げた方なのです。おかげで短期間に、英文公文書の書き方を身につけることができました。私は、大学の卒業論文を英文130頁(国際寡占経済論)で提出し、論文調には慣れていましたが、この頃から、TPOに応じた文章スタイルの書き分けを意識するようになりました。


毎朝、出勤すると、政務のMさんの部屋からアラビア語の朗読が聞こえます。彼は私と同年代で、毎朝、現地紙を朗読するのが習慣でした。シリアでフスハ(アラビア語の標準語)を学んだ、本当のアラビストです(当時の大使はMさんの先輩で、いずれも上級職でした)。ちなみにMさんは、私が学生時代に外務省上級職を受験した際、同じく受験して合格し、入省した人です。私は、4年・5年(留年)の二回受験し、いずれも筆記合格、面接不合格、で断念した経緯があります。


不合格の原因には、心当たりがありました。初回受験の二次試験の集団面接で、たまたま在学中にレポートで扱ったことのあるテーマが出題されたため、自説を強く主張してしまったのです。しかしこれは、面接官の側から客観的に聞くと「政治性」が強く、かつ方針集約型の議論には向かない人材、とのレッテルを貼られてしまった訳です。ですから、二年目の受験は、実は無意味でした。後になって気付くのが私の悪癖で、ただ、この経験は、後にメーカーの人事マネジャーとして採用面接を担当することになった際、大いに役立ちました。無手勝流の経験が後で役に立つという、私流の生き方がこの時、既に始まっていたのです。


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