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  • azaminoone

シン・「私の履歴書」4 ユーラシアの東西

番外編:藪にらみユーラシア① 前回ウズベキスタンの話になったのにちなみ、もう少し同地域と東西文化・歴史の関係について考えたことを書いてみます。


最初、首都タシュケントで通訳ガイドさんについてあちこち車で案内してもらいましたが、まずはカーラジオから流れてくる、ある歌曲に興味を惹かれました。「タシュケントォー、らららららららー、タシュケントォー」とこのメロディー、竹内まりあの「セプテンバー」のサビなのです。空耳アワー?いや、やはり全く同じに聞こえる。著作権はどうなっているのか・・・、いや、仕事のことは忘れよう。休暇中です。ちなみに私は亡父の影響で、小さいころから全国各地の民謡をかなり聴いた方だと思いますが、後にUAE在住中(大使館勤務)、日夜首都アブダビに響き渡るアザーン(モスクの礼拝に呼び出す詠唱)の声が、どう聴いても民謡や演歌の「こぶし」の源流と思えました。一方、その亡父の菩提寺の現住職さん、延暦寺で修行されたとのことなのですが、大変声の良い方で、美しいメロディーでお経(旧約聖書の「詩篇」に類する経典?)を朗々と謳いあげます。またしても、私の「地続きのユーラシア」観は強まる一方です。


さてそこで、下記の写真はつい先日、ウズベキスタンの「バフシ」(語り部・霊媒治療師)をテーマに行われた映画上映とトークセッションの会のパンフです(以下、一部ネタバレ)。ここでは歴史上の「バフシ」の発生から、ソ連政権下までのその変容のメカニズムが解説されました。私なりに大雑把にまとめますと、様々な契機から霊媒治療を行うことを生業とするようになった「バフシ」は、本来男女ともにいたが、まずはイスラームの原理との共生のため、そして後には社会主義との共生のため、

① 男性の場合は、二弦楽器「ドンブラ」等を奏でながら即興的に歌謡朗誦や叙事詩語りをするに徹することで、「伝統芸能の担い手」(後にユネスコ無形文化遺産)として社会的・政治的生き残りを果たす一方、

② 主に女性の場合は、テント内などの公でない場で、太鼓を打ち鳴らすなどして霊媒治療を施すという、本源的「バフシ」の機能を伝承し得た、

といったところでしょうか。

この内容は、精神科医であり、また多くの著作を残した文筆家でもある中井久夫の論点、すなわち自然界の微かな兆候を鋭敏に感じ取って狩猟等に生かし、また将来の天変地異を予測するなどといった特殊能力を有する「シャーマン」が、農耕・工業社会化に伴って一種の病者(分裂病=後の統合失調症等)扱いされるようになり、近世においては社会的隔離の対象とされることもあった、との仮説と、極めて親和性が高いと感じます。


更に同じ会の後半部のトークセッションにおいては、このような「バフシ」のシャーマニズム的機能の一部(一派?)は、朝鮮半島周辺部へも伝播した可能性がある、と示唆されました。ちなみに松本清張は、「昭和史発掘」や「神々の乱心」などの著作において、明治期から昭和初期にかけ、彼が「大陸浪人」と称する何人もの日本人が、当時の中国東北部周辺においてシャーマニズムを特徴とする密教等に着想を得て新たに新興宗教を開祖し、日本に持ち込んだことを示唆しています。


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