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  • azaminoone

「私の履歴書」19 融資管理課長

最終更新: 2020年12月3日

銀行員時代⑫


こうして、米人にやらせるのでなく、自ら日本人ローントレーダーとして孤軍奮闘の中、対東京では日夜、状況説明に努めましたが、なかなか事情を理解してもらえず、苦労しました。それでもようやく、ディスカウントの浅い(98%など)融資債権から徐々に、売買を成立させることができるようになりました。最後は、残りをまとめて「バルクセール」(同一行・会社に複数の融資債権を束で売る手法)により、売却処分を完了しました。


一方で、このように私がローントレーディングをやっていることを聞きつけた邦銀某行(米国からの撤退も噂されていました)が、同じように自身のポートフォリオを売り切ろうと(?)、私に買取りを打診してきたケースもありました。この時は、他社への転売により、売買差益を計上できました。期せずして、新ビジネスのようにやれたのは僥倖でした。ちなみにこのディール、私が社会人になって以来の最大の営業成績となりました。

こうして大きなヤマ場を越え、南部支店統廃合プロジェクトチームは解散となりましたが、この間も、NY連銀検査への対応は続けていました(業務や体制の変化は、常に検査の目玉となります)。程なく、NY支店内の異動により、融資管理課長を拝命しました。といっても、融資案件の組成と審査は営業部門の仕事なので、「融資管理課」は事務が中心で、私が着任するまでは、ローカル採用の方がリーダー格でやっていました。


ここでも、統廃合チームで試した手法を、そのままに続けました。具体的には、営業、監査、マネジメント(ここまでがミッドタウンビル)、事務(ダウンタウンビル)などに、英文のイーメールを同時配信し、必要に応じて足を運んで討論する、というやり方です。従来は、英文・和文を宛先別に送信するのが通常の流儀だったと思います。ところが、しばしば行き違いが生じ、互いに「あいつらはこっちの言うこともきかず、勝手なことをして問題を起こす」と、内輪同士で揶揄し合っていました。これに対し、私からの指示・説明は都度1本のみです。できるだけ解釈の余地を残さないよう、明確で場合分けが判り易い内容、いわば「業務マニュアル」の一章、一節のような書きぶりを心掛けました。宛先を見れば、どの範囲のスタッフに同じ文書で指示・説明しているかが一目瞭然であり、ある範囲のスタッフに別の説明やいい訳をしているのではないか、との疑念の生じようがありません。

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