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「私の履歴書」11 超激務Ⅱ(融資マン)

最終更新: 2020年10月18日

銀行員時代④


帰国し、外務省から銀行に帰任しました。当時、民間企業から大蔵・建設・外務の三省への出向は(情報漏洩と利益相反の懸念が特に大だったため)「退職出向」とされ、文字どおり一旦退職し、同日付で官庁に中途採用される形をとっていたので、正確にいえば今回は、「再転職(出戻り)」でした。ちなみに、一旦もらっていた退職金も、この日付で精算されました。


一旦、国際部に着任しましたが、間もなく融資部に異動となりました。担当は、建設・運輸・レジャー(ホテル、興行等)の三業種の大口融資先と、プロジェクトファイナンスです。厳しい上司の下、融資マンとしての修行が始まりました。


なまくらだった知識と経験のなさから、最初から苦労しました。中でも、実態財務(含み損益を反映した財務状況)の分析については、徹底的にダメ出しを喰らいました。融資先の決算が発表されれば、同業種の競合他社との比較分析。既存融資の期日が近づけば、営業から上がってくる稟議の審査と融資継続の可否判断。新規融資の話が来れば、実行可否の徹底分析と稟議審査。審査に当たっては、自身の可否判断の根拠を「副申」と呼ばれる報告書にまとめるのですが、これが何度も上司から戻され、書き直しを命ぜられます。期限に追い詰められて徹夜もしばしばで、夏場は冷房が切れると、電算室に寝泊まりしました。


再びこのような激務の中、しかし、実態B/S・P/L(財務諸表)の見方を文字どおり叩き込まれ、併せて建設会計を学ぶ機会を得たことは、その後の人生の宝になりました。様々な局面で、応用が利いたからです。現在も、事業承継やM&A、廃業などを考える際の基盤となっています。


十分に務まった、ともいえない状況のまま、国際審査部に異動になりました。担当は、香港非日系向けの大口融資、不動産融資とプロジェクトファイナンスです。華僑財閥グループ向けが中心で、新たな文化体験の始まりとなりました。


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