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  • azaminoone

「私の履歴書」8 リヴェンジ

更新日:2020年10月15日

外交官時代⑤


このように、イスラム系インド人達は、私が初の海外勤務で共に働いた、むつかしいビジネスパートナー達でした。しかし私は、決して彼らが嫌いではなく、むしろ知るほどに、仲良くなれました。それは、よく言われる日本人(つまり私自身)の「現地化」によるものではなく、彼らの何とも言えない魅力によるものでした。繰り返しになりますが、彼らは、一人一人がアッラーとのみ対峙している(「インシアッラー」)ので、ひとくくりにはなりません。各自が各自なりの、独自の生き方をもっている、ということだと思います。


例えば、インド人館員で最年少のK君は、前任大使夫人に仕込まれたとのことで、素晴らしい和食をつくりました。それまでに私が口にしたことのないような、実に繊細な味の料理です。つまり、彼らは決して「いい加減」ではないのです。ただ、各自がアッラーの前で譲れない信念のありどころが、様々なだけなのです。敬虔なイスラム教徒は、ラマダン(断食期)の間、日中は「つば」さえ吐いて、胃に入れないといいます。同様に、各自には各自のビジネスエシックがあり、「プロ倫」があると、今では考えています。


中東というと、テロを想い浮かべる方も少なくないと思います。確かに、信念に従い、時には苛烈な行動をとる人々もいるようです。しかし、幸いにしてアブダビは平和でした。一方で、中東にはコソ泥やスリはいない、ともいわれます。くどいようですが、バレなければ、はイスラムにはないのです。神の前に恥ずべきことは、しないのです。


こうして、2年目の「日本週間」になりました。今回は、シェイク・ザーイド初代大統領の生誕地で、大学もある文芸の地、アル・アイン(またはアライーン)での開催です。前回の反省を基に、「現地現物」で臨みました。暗いうちから砂漠で待つと、夜明けとともに、地平線のそこかしこから、人足達が湧き起こります。まるで西部警察か、必殺シリーズです。


今回の日本からの使節団は、前回とは比べものにならない規模で、日本舞踊、歌舞伎、民謡歌手、凧職人などの一団です。可能な限り、かかり切りでアテンドしました。なんとか無事終了し、打ち上げの場では郷里の「相川音頭」をご披露し、ヤンヤの喝さいを浴びました。


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